Google+ 文化のるつぼ へちま: Sentimental Madness

2013/09/20

Sentimental Madness

2008年のちょうど今くらいの季節に 別のブログに書いたものを転載します
ちょっと長いですが 秋の夜長の暇つぶしにでもどうぞ
っていうか もう5年前か……

2008.09.15
今年の夏も終わりを迎えようとしている。
「暑さ寒さも彼岸まで」とはよくいったもので、最近めっきり朝晩が涼しくなった。熱帯夜が過ぎ去り、寝苦しさから解放される。暑がりなわたしにとっては、よろこぶべき季節。なのにこの季節は、毎年なんとなくセンチメンタルな気持ちになる。もらいものの線香花火に火をつけながら、そんなことをすこし思った。
いつの間にか過ぎ去ってしまった夏を振り返り、なんとなくやり残したなにかがあるのではないか。と、年甲斐もなく、そんな気持ちになる。そして、なんとなくむかしを思い出すような、そんな気持ちになるのである。特に社会に出てから、仕事におわれ季節の変化に対して「そういえば最近、、、」といくらかのタイムラグをもって気づくようになってから、こんな感覚をもつようになったのかもしれない。
「そういえば」とむかしのことを思い返す瞬間。普段は思い出さないそのできごとを、そこにいたひとたちのことを、その「そういえば」という瞬間だけ思い出す。「そういえば彼は、彼女は今なにをしているのだろう」と、思いをめぐらせてみたリする。

もう7年も経つのか。アメリカ同時多発テロ事件のあったあの日のことも、わたしの中では「そういえば」と思い返すことのひとつになってしまった。そのころわたしは、大学を卒業しても定職に着かず、ふらふらとアルバイトをしながら生活していた。その日も、夜中までのアルバイトを終え、家に着き、ふとつけたテレビを見て、事件のことを知った。深夜3時を回っていただろう。最初は、映画「ダイ・ハード」がテレビで放映されているのだと思い「ダイ・ハードもこんな時間にやるなんて、安くなったものだ」などと思った。
そのころわたしがアルバイトをしていたのは、マンガ本も貸し出しをしているすこし変わったレンタルビデオショップだった。わたしはこの店で、たくさんのすばらしいマンガと出会い、たくさんのすばらしい映画と出会った。そしてその店には、何人かの印象的なお客さんがいた。
その日も、その中のひとりYくんは、いつもと同じようにマンガを借りにきた。Yくんは、中学生くらいの男の子で、すこし挙動が変わっていて、ぶつぶつと独り言をつぶやきながら、せまい店内をぐるぐると徘徊したりして、目的のマンガを数冊ずつ、毎日借りにきていた。たぶん学校でいじめられていたのだと思う。あるときは、背中に黒のマジックで大きく名前を書かれたランニングシャツ姿で来店したこともあった。そんな苦境にも屈することなく、強く耐え続けていたYくんの心のよりどころに、すこしくらいはその店がなっているのではないかと思っていた。さいとうたかおの名作「サバイバル」を借りていったときの、輝きに満ちたYくんの瞳がとても印象的だった。
そんなYくんが一度、借りていたマンガを延滞したことがあった。その店のルールでは、マンガ本は2泊3日以内の返却で、その期日を過ぎた場合、1日ごとに延滞金が発生することになっていた。そして、延滞日数が1週間を超えたとき、店からお客さんに未返却の商品があることを連絡することになっていた。毎日のように借りては返してを繰り返していたYくんがこない。しかも1冊だけ未返却の商品がある。店員の間でYくんになにかあったのではないかと、話題になった。「まさか、、、」と、最悪の事態を口にするアルバイトもいた。店中みんなで、Yくんの安否を心配した。
そして延滞5日目の夕方、Yくんはドタドタと店に駆け込み、わたしのいるカウンターの前に現れた。ずいぶんと興奮しているようだった。とにかく、また元気に来店してくれたことに、わたしはほっと肩をなでおろした。ゼェゼェと息を切らしたYくんは、わたしに向かっていつもより強い口調で訴えるようにこういった。「スミマセンっ!本を返し忘れていたんです。」右手に、未返却だった「魁!!男塾」の最終巻を握り締めている。「はい、延滞ですね。5日なので175円になります。」マンガ本を受け取り、バーコードを読み画面を確認しながら、そうわたしはYくんに伝えた。中学生にとっても、たいした金額ではない。2日ほど、マンガを借りるのを我慢すればいいくらいの金額だろう。そんな気軽な気持ちでYくんの顔に目をやると、想定外の顔をしたYくんが、まるで縁日の射的を思わせるほどカウンターに身を乗り上げ、わたしとの距離を驚くほど縮めて待っていた。「わざとじゃないんですっ!本当に忘れていたんですっ!」Yくんはさらに興奮し、店内にいるほかのお客さんが注目するほどの大声で、わたしに訴えかけてきた。Yくんの言い分はわかる。自分は、意図的に延滞していたわけではない、と。悪気はないのだ、と。けれど、社会にはルールがある。過程はどうであれ、延滞したという事実は事実。結果がすべてな世界もあるのだ、と。そのむねを丁寧に説明し、わたしはYくんに再度、175円の延滞金を催促した。君が今いる義務教育という世界がすべてではない。そのことに、君も「魁!!男塾」を読み進める中で、すこしは気づいているのではないか。
Yくんの瞳からは、もう大粒の涙がこぼれ落ちていた。きっと悔しかったのだと思う。自分に対する不甲斐なさみたいなものを、Yくんはそのとき初めて体験したのだと思う。がっくりと肩を落とし、ズボンのポケットから小銭いれを出し、中から100円玉を2枚取り出した。そして、それをわたしに手渡しながら、震えるような声で「それが正義なんですか」とつぶやいた。わたしはなにも答えることができなかった。その言葉が、いまもわたしの胸に深く刻まれている。

彼は今なにをしているのだろうか。あの日の、あんなことをたまに思い出したりするのだろうか。そもそも「そういえば」とついている時点で、数日経てばそれを思い出していたことすら忘れてしまうような些細な事柄。そんな記憶の片隅にあるような事柄を、思い出させてしまうような力がこの季節にはあるのではないか。涼しさは、わたしたちをすこしさみしい気持ちにさせる。そして、わたしはまた線香花火に火をつける。

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